R-villa03での滞在が終わりに近づくころ、何を持ち帰るのかを考えていない自分に気づく。
写真を整理するわけでもなく出来事を順番に思い出すわけでもない。
それでも、不足している感じはどこにもなかった。

この場所で過ごした時間は、はっきりとした思い出の形を持たない代わりに、
時間の使い方や、身体の反応の仕方に静かに触れている。
朝、目を覚ましたとき深く息を吸っていることにあとから気づく。
午後、何もしない時間に理由を探さなくなっている。
外の音に、必要以上に振り向かなくなっている。
何かを変えようとしたわけではない。ただ、無理をしなくてもよかったのだと身体が思い出しているような感覚のまま雪窓公園に立ち寄り
この町では、頑張ることも、立ち止まることも、同じ距離でそこに置かれてきた。
だから、何者かでいようとしなくてもいい。
何かを証明しなくてもいい。
この時間は失われない…
自分を後回しにしていたことに気づく人もいれば、何も気づかないまま帰る人もいる。
どちらでもいい。
滞在の終わりに、自分の呼吸や歩く速度、考えごとの量を少しだけ信じられているなら、それでよかったのかもしれない。
帰り道、景色は少しずついつもの色に戻り始める。
仕事の段取りや現実的な予定も、静かに思い浮かび始める。
それでも、自分を急かさなくていいと知っている感覚だけが、どこかに残っている。
ここに在ったことを証明するものは、特にない。
けれど、大切にされるべきものは外に探しにいくものではなく、すでに自分の内側にあったのかもしれない。
その静かな安心感が、この時間をそっと支えている。
ここに在ったことだけが確かに残る…
それが何かは急いで言葉にしなくてもいい。