旅が終わったあと、場所の名前を思い出せなくなることがある。
どこに行ったのか、何を見たのか…
正確に語れなくても、なぜかR-villa02で過ごした時間の呼吸の深さだけは身体に残っている。
軽井沢という町は出来事を集めるための場所ではなく、感覚を静かにほどいていくための場所なのかもしれない。
何かを持ち帰ろうとしなくていい。
語れるエピソードがなくてもいい。
名前が消えていくほどその時間は深く沈み、やがて自分の一部になる。

コートハウス950から、気の向くままに木立のカフェ Forest valeへ。
季節ごとに表情を変える光の中で、ただ過ぎていく時間に身を委ねる。
特別な出来事がなくてもいい。
写真に残らなくてもいい。
その場に確かに在ったという感覚だけが、静かに強く残ればいい。
旅は非日常を持ち帰るためだけのものではない。
日常に戻ったとき、世界との距離がほんの少し変わっている。
それだけで、十分なのかもしれない。
名前を忘れたままでも、理由を説明できなくても、また戻りたくなる。
この町の時間は、名を残さずに在り続ける。
